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54章 帰省と来訪の交錯
「そういえばここ、なーんか見たことあるような」
いつの間にか抱えられていたレイの腕から降りて、違和感の正体を探る。
どこからか湧いた親近感というか身体がもぞっとした感じの正体を。
私はあたりを見渡して見覚えのある物をちらほらと見つけた。
そうだ、って後ろを振り向くと睨んだとおりある一軒のお店があった。
お店は小物屋で、店長さんは私も知ってる人で。お店の入り口には立て札。
その立て札にはOPEN、って英語が書かれてる。
ショーウィンドウから見える店内の風景は初めてここを訪れたときと変わってない。
前に来た、それはレリのお姉さんとこのお店から異世界へ渡ったときのこと。
考えがそこまで辿りついたころ、そのお店の扉が内側から開いた。人の影。
「あ、清海ちゃん。戻ってきたのね。帰りは一人……じゃなくて二人みたいだけど」
お店から出てきたのは店の主、比良さん。なぜか異世界へ飛ぶ魔法陣を店の奥に構えてる不思議な人。
ラミさんとも知り合いだったし。でも、考えてみれば不思議な人だよね。二つの世界にいるなんて。
比良さん、もしかして異世界の人なのかな? 茶髪は、別に珍しいことでもないけど。
顔立ちは雑踏ですれ違ってもピンと来る程じゃないけど日本人には見えない。アジア系でもなさそう。
でも、異邦の人なら、どうして日本語をこうも流暢に話せるんだろう? おかしいよね。
あれ? 今、私がいるのは日本だよね地球だよね。ってことはまさかレイは。
さっきからずっと一言もレイは発してないと思ってたけど。もしかして発音に気づかなかったとかないよね?
「ねえレイ、私の言葉がわかる? Do you understand my words? Est-ce que tu comprenes?」
「何のことだ。Yes,I do. Moi,je comprenes」
私の言葉にレイは間髪なく答えた。通じてる、良かったー、いくら日本とはいえ……って、待ってよ。
さっきのレイの言葉を頭の中で繰り返した。何のことだ、って言った。おまけに、英語にもフランス語にも。
淀みもなくそのままどんな日本人にでも通用しそうな日本語だった。語学教室開けそうなくらい。英語も、多分フランス語も。
特にフランス語なんて、あれが唯一レリに教わって私が理解出来る会話だったのに。
いや、でも、だって。ここは間違いなく日本の風景で。電柱がたってて電気が通ってる乱雑世界日本だよ。
「レイが日本語しゃべったぁ──!?」
私のおもわず頬に両手を添えてムンクの叫びを取りそうになった。そんな私にレイと比良さんが三者三様に答える。
いやほんとは答えたのは二人だけなんだけど。私がムンクにならなかったのはひとえに見えない努力によったり。
レイが私の前に背を向けて立ってるから、叫んだらうるさいって一喝されそうで。
「お前はさっきから何を言ってるんだ、ごちゃごちゃと」
「魔者なら言葉に不自由することはないのよ。なぜかね」
え。比良さん、さっき何て言った? さっき聞いた言葉、聞き間違いじゃないよね?
魔者って単語を知ってるってことはやっぱり比良さんは異世界の人?
いやそれはそうなんだけど、その言葉の後! 魔者なら言葉に不自由しないって。
「何それ、ずるいー」
「……どういう意味だ」
「よく知らないけれど、そういうことよ。今まで意識していて言葉が聞き取れなかった事はある?」
レイはない、とそう答えた。
比良さんはそれが魔者の能力と言ってそれ以上は教えてくれなかった。
「二人共、店の中に入りなさい。その格好はこちらでは怪しまれるかもしれないから」
あ、そういえば。私は自分の格好とレイを見て気づいた。
レイの黒いコートは冬でもないのに着てると違和感あるし、そう言う私の格好はくたびれた感があった。
雨で濡れた上着は洞窟についた時に干してて置いてきちゃったけど、服が少し濡れてる。
風ひくよ、冬じゃないけど。そういえばレイのコートは防水防火加工済みだって聞いたけど。
レイの黒コートは雨粒が肩に乗ったことすらないみたいに雨の跡が残ってない。
そんな便利な生地があったならそういうの買ってくれれば良かったのにな、美紀。
そこまで考えて私はみんながいないのに気づいた、いない。どこを向いても。
「あれっ。みんなは?」
「気づくのが遅いわよ、清海ちゃん。そういうことはまず確認しましょう」
比良さんはニッコリと私の迂闊さに釘を刺した。
う。……でも、そういうことってつまり。みんなもあの時一緒にこっちに戻されたんじゃなかったの?
「まあ、今は私の店に入りなさいな。ちょうどお客さん中に誰もいないから」
「はーい。ありがとうございます」
私は比良さんの店の奥にあるテーブルに出された紅茶の水面を焦点に、考え込んでいた。
みんなと一緒じゃない。今までそんなことは何度かあっても……最終的にはちゃんと見つかって、一緒になった。
最初と最後はみんな揃ってたのに。元の世界に戻ってくる時はそうだったのに今回は違った。どうして?
大丈夫かなー、靖とキュラ。鈴実は一人だとしても心配ないとは思う。
美紀とかレリはなぜかうまく切り抜けちゃいそうな気がするけど。
でも、靖はたまに私よりも間抜けになるし。雨が降ってる間は、敏感だから大丈夫かもしれないけど。
靖が使える魔法って炎でしょ。あと植物出現させるくらい。剣は持ってるけど、うーん。
レイほど強いとは思えないし。いや、レイみたいになって欲しくないけどそれとは別のベクトルなことでさぁ。
雨が降ってる中でそれだけじゃ有利とは思えないし。逆に不利、じゃないのかな。
キュラはキュラで、心配する事の方向性が違うんだよね。
普段のキュラは、聞けば答えが返ってくるくらい物を知ってるし土地勘も良さそうだから迷うってことないんだろうけど。
でも、魔者として暴走してた時の魔法は凶暴で敵味方関係ないよーな目してたし。赤い目になっちゃったら要注意、って。
そうならないなら良いけど、一回そうなっちゃったらどう止めれば良いんだろう?
友達のことだし、どうしてそうなるのかも理解した上でそうなっても止めてあげられるようになりたいな。
「うーん……靖と美紀が雨の日に一緒なのも」
心配なことろが幾つもあって、答えが出ないうちから次の不安が浮かんでくるから。
どうにも考えがまとまらない、っていうか最初のところに戻っちゃう。堂々巡りで平行線辿ってる。
結局、靖とキュラは大丈夫なのかなー、っていうのが最大の心配事。特にキュラ。次点は靖。
「呑気にやってる場合か」
「違うってばー、これでもちゃんと考えてるよ」
私とちょうど向かい合うかたちで、レイは椅子に座らず立ってた。店の奥は狭いから。
比良さんがいれてくれた紅茶も手につけてない。
私は考えっぱなしで紅茶を飲んでなかった。椅子には座ってるけど。
「考えて無駄なら考えないで良いだろう」
それはそうかも知れないけど。でも、考えてないと不安なんだよ。
結局どっちに転んでも不安だしだったら何か考えないと。良い事考えつけるかもしれないんだし。
「レイは良いの?」
そういえば、何も困ってたり悩んでる顔をしないから失念してたけど。レイは良いのかな、帰らなくて。
「別に問題ない。役目は果たした」
「え、それっていつ?」
「お前が呆けてる間にだ」
「あ、その言いぐさ酷い」
「頼まれごとは互いに済ませた、俺自身の報告が多少遅れようと文句は言わせない」
レイは別に帰りたいって気持ちはあんまりないってことなのかな、この言いようからして。
学校とか友達とか。そこまで考えて納得した。レイってこんな性格してるんだもん。友達なんていなさそう。
それにあの国でのレイの扱われ方が一般市民にも思えないからもとの性格に輪をかけていなさそう。
だってチェックもなしにお城へ入っていけるし、カースさんの代理で玉座まで近づけるし。
かと思えば何か危険な組織みたいなものに身を置いてるような雰囲気も匂わせていた。
レイは権力欲とかなさそうで、実は指折りの権力所有者なのかも。
権力を保持してなくても剣にものを言わせればどこにでも通れそうに思えるよ。
できないで不自由することといったら、殺人がまず浮かんだ。でも、それは人として、やっては駄目なこと。
レイってもしかしてこの世界に留まらせたほうが良いのかなー。
うん、見も知らぬ国で連続殺人事件起こすような人物じゃない……と、思う。
「レイー」
「なんだ」
「学校、行かない?」
レイは私の問いかけに目を鋭くしたけど何も言わなかった。それってどういう意味?
この世界にいるならレイも学校行ってたほうが不自然に見えないと思ってそう言ったんだけど。
あと剣もどこかに隠して。うん、そうすれば大丈夫。レイの青い髪は染めれば目立たなくなるし。
「……何を企んでる」
「今は内緒」
中学なら試験受けなくても入れるし、レイって背高いけど中学生で通せないこともないはずだし。
レイはため息をついて、好きにしろと呟いた。
「ってことで、レイも明日から学生だよ」
「それ以前に何を持ってそういうことだと言っている」
文から重要な部分が欠けている。そんな状態では何百回と言い聞かせられようと理解は不能だ。
何を言いたい、こいつは。学ぶ者、と一口にいっても学問の種類は多くある。
俺もと言っているあたり、こいつと同じ事をするということになるのは予測がつくが。
清海が学んでいるようには思えない。何かに突出して詳しいとは今のところ思ったことはない。
特長は魔力が膨大にあることだが、加減の仕方をわかっていない。こいつ以上の魔力を持つものはざらにいない。
そんな奴を野放しにしているとは、こいつの国はどうなっている。清海が厄介な立場の出身だとしても無知すぎる。
魔導師にすれば、国の切り札になりえる程。わざわざ使者にすることが惜しいだろう。基礎すら叩きこまれているかも怪しい。
そんな上質すぎるが技の荒すぎる奴を密使に据えたルフェイン側の意図はなんだ? 人手不足とかは幾らあの国でもあるまい。
城には使える者しか登らせない以上、地位はどうであれ腐る程に国中からの人材を溜め込んでいるものだ。
時が凍っていようが、氷に閉じこめられた物は融けない限り中のものは増えも減りもしない。
もしそこで計算が狂うようなものならば女王の魔力を以て修正させてしまうと聞く。
それこそ、いもしないはずの存在を使者にたてることすらあの国の女王なら可能の範囲内。
うちもうちで魔物が貴族に紛れ込んでいたりと魔の巣窟だがあの国も存外、化物の国だ。
魔の巣窟と化物の国で立てた予定からあっさり抜け出すくらいの能力は最低必要な≪線を越える者≫としては適任だったか。
予定通りにじいさんがあの手紙を渡せていたのなら。シェルは夜になるまでに国の外に出れば危険はない。
だがその予定は狂った。そして廻り巡ってそのせいで俺はここにいるとも言える。
勿論、一概にそのことだけのせいには出来ない。俺が清海を巻き込み、清海が俺を巻き込んだ。
こいつでなければ、俺は助けることもなかったんだがな。じいさんはそれを全て承知していた。
そこまで予め定められていたのかはわからないが……ばあさんの先読みはあったのだろうな。
なぜこいつを寄越したのか。そんなことは尋ねるまでもない。そうする必要があったからだ。
頭ではわかってはいるがどうにも割り切れない。じいさん関係の仕事は終わったとはいえ、まだすべきことがある。
それについてあまりする気も起こらないとはいえ……清海と共にあるというのは。
こいつはルフェインからの使者。しかし、この地がルフェインとは思えなかった。
わけのわからないものばかりがある。明瞭な理由も察せない無意味な柱が立ち、線と線をつなげていた。
地面は黒く、白い線が引かれておりその上を物が走っている。馬車にしては馬もなく形も異様を極めていた。
ルフェインもあまりシェルとは変わりがないはずだが。地続きに隣あった国同士だ、閉塞的であれ幾らかは互いに影響を及ぼす。
だが、この場にはシェルで見慣れたものも似通ったものも全くない。
此処まで共通するものがないのは、大陸が異なるとしか思えない。よって、この国はルフェインではないだろう。
その上、勝手もわからぬ土地で学生になれと清海が軽々と言う。
帰れそうにもないとはいえ……こいつにされるがままの状況では、何をされるかわからない。
清海にとって幸いなことは自分の身を滅ぼすようなことは考えもつかないということか。
「どうせすることないんでしょ?」
「それはお前がそうさせたいだけだろう」
俺そう返した直後。扉の開く音がし、視線をその方向へ向けると清海の旅仲間がいた。
やれやれ。ようやくこいつの守番から解放してもらえるらしいな。
「鈴実、にキュラに靖にレリに美紀!」
中に入ってきた順に清海は名を呼びながら椅子から立ち上がり駆け寄っていく。
本当に、間の抜けた奴だ。まあ、あいつらの半分もそんな雰囲気があるんだが。
店の中にみんなが入ってきて、私はもう一回みんなの顔を見まわした。
「ようやく全員揃ったわね」
「最近、やたらとはぐれちまってたもんなー」
「でもさ、どうしてまたいきなりこっちに戻ってきちゃったの?」
「知らないわ。あたしは急に気づけばこの店の前にいたんだから」
「あれ。そうなの? もしかして他のみんなも?」
「ああ。美紀と森ん中進んでたら、急にっつーか」
「森の中にいたはずなのに、こっちに戻ってきてたのよ。突然まわりの景色が変わったの」
靖も美紀も、なんて言えばいいのかわからないといったふうだった。
「レリとキュラは?」
「うん、あたし達もいきなりパッとこっちに」
「ちょうど僕たちがここに来たとき、鈴実ちゃんが現れて靖くんと美紀ちゃんも」
「そういうこと……あら? キュラ、なんで言葉が」
「そういえば、どうして私たち言葉が通じるのかしら。日本語なのに」
「いや、だったらなんであっちでも日本語通じてたんだっつー話だろ」
「えー、あたしあっちでは英語で話してたけど、通じたよ」
「え、それっていつ?」
「いつも。みんなも英語を話すの上達したんだなー、って嬉しかったけど。あ、今は日本語」
「……俺、英語は万年場所を選ばず苦手だぞ」
「じゃあ靖で試しましょ。レリ、何か英語喋って」
「うげっ、美紀ー。いじめんなよ俺を!」
「Is it difficult for Yasu to understand?」
「だーっ、レリもそんな難しい英語しゃべんなー!」
「えー、じゃあやっぱり靖ってバカ?」
「なんだか話の焦点がずれてない?」
「うん、そうだね」
その証拠に鈴実が口を挟まなくなった。鈴実って興味なくなったらすぐに口を閉じるもん。わかりやすく。
「だっ。お前ら、だからなー」
「はいはい。靖は結局」
「バカだったんだね」
「うるせーっ!」
「三人とも黙りなさい」
靖、美紀、レリは鈴実の一言でぴたりと喋るのを止めた。
「良い? 今は靖がバカだとかそういう事に騒いでる場合じゃないの」
一喝されて、はーい……と三人は返事をした。
私とキュラはその様を、ついでに言うとレイは少し離れた場所で見ていた。
そして、タイミングを見計らって私は適切な言葉だけを提出した。
「かといってキュラにどうして日本語通じるか、ってことでもないよね」
「そう。そんなことでもなければこっちに戻ってきたことでもないわ」
鈴実がそう言ってる間に、比良さんが在庫置き場にしてる場所から出てきていた。
私とレイを店の奥に押し入れた後で在庫置き場に行ってたから、比良さん。
「ああ、全員帰ってこれたみたいね。ちゃんと」
商品の詰まってる箱を運びながら、ことなげに比良さんは言った。はい?
「比良さん、それはどういうことですか」
何で当事者よりも知ってそうなの? ちゃんと、ってまるで事前に知ってたみたいな。
異世界へ行ける魔法陣あったから、この世界の人じゃないんだろうなって思ってたけど。
「そういえば話してなかったかしら? 私、フェシミナとは親戚なのよ。あの子の母親の妹」
え。フェシミナ、って確か光奈の本名……王族、っていうか女王だから偽名使ってて。
それってつまり比良さんは、いや比良さんも異世界の王族? 全然そんな感じはしないのに。
「さっき連絡が入ったのよ。フェシミナから。依頼完了、帰しますってね」
えーと、でも私とレイはあの鏡の力で飛ばされてなかった? 光奈はレイを知らないはずだし。
それにどうしてキュラまで。もしかして手違い?
「まあ、そういうことなのよ。ありがとうって自分から言いたかったみたいだけど」
「……比良さん、光奈の事はよく知ってますよね」
どうしたんだろ、鈴実。そんなことを訊くなんて。
「ええ、そうね。私は叔母であの子は姪だもの」
鈴実はその返答に対して表情は動かさなかった。でもそれは確信したのかもしれない、何かを。
何について確信したのかはわからないけど。鈴実、隠しごとするのうまいから。
「それじゃ、あたしたちはこれで。行くわよみんな」
「でもどうするのよ。この格好」
「あたしの家で乾かせば良いわ。多分今日は誰もいないから。ついでに靖の剣も預かるわよ」
靖は鈴実に不満を言ったけど、結局預けることになった。法律違反で捕まっても知らないわよの一声で。
何故か鈴実の家っていろいろと不思議なものがあるから、鈴実の家に置いておけばバレないって。
でも誰に? 靖が剣を所持してたところで誰も通報しないと思う……あ、靖の両親は取り上げるかな。
とにかく私たちは鈴実の家に行くことになった。剣とかはマントにくるんで。
でも私はレイが動かなかったもんだから腕を引っ張りながら歩いた。
その途中、なぜか私たちは誰かとすれ違うこともなかった。
日没は近づいていたけど、誰ともすれ違わず鈴実の家までついたのは変かも?
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